あいちトリカエナハーレを開催する表現の自由とその杞憂
何か「あいちトリエンナーレ」は、本来ある芸術の在り方をまたは、元来あった規約からも逸脱して、プロパガンダに固執しすぎてないかと、私個人はそう考えてしまう。それと、それゆえに、運営が迷走して、安全安心な開催だったのに、一旦中止に追い込まれ、何かスッキリしないし、再開が決まっても、何かスッキリしたものを感じないのはなぜ?
そんな中、日本第一党愛知県本部主催で、「あいちトリカエナハーレ」が開催されるそうだ。非常にいいシナジー効果が産まれて、刺激があることはいいことだと思う。
ただし、これが、愛知県側がふさわしくないとか圧力をかけたり、電凸のテロ行為などでこちらが中止になったら、愛知県知事が非常に重きを置かれる表現の自由が奪われ、さらにもし知事(公権力者)がこれに中止などの勧告でもしたら、それこそ検閲にあるので、愛知県がどうするのか?注目される。
しかし、そんなことよりも、私は、このネーミングは、ちょっとウケ狙い過ぎて、ベタ過ぎはしないかと、心配だし、もっとヤバイなと思えるのは、芸術祭らしい内容の展示が揃うのか?党首桜井氏の記念講演ができるのか?大丈夫?と心配だ。ぜひとも成功させてほしいものだと思う。愛知県知事から祝電もらえるまで、がんばれ!
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