#構造物フェチ。#初夏の新緑の小径。休日の散歩でみた風景が、コロナ禍を忘れさせてくれる。
決して褒められる話でもないフェチな話。いつの頃か構造物を見ると、自然ではなく、工事でできた人工的で工業的なモノが、デザイン的に優れてなくても、職人さんらの技の結集したいい仕事だなと感心してしまうようになった。
別に珍しくもないモノだけど、日常生活に溶け込みすぎて当たり前だと思えるモノばかりを写真に収めた。きっとコロナがなかったら、立ち止まり見つけなかった風景かも知れない。
そんなコロナ禍とは無関係に、自然は移り変わるし、これまでの職人さんらの仕事も変わらずに存在していて、本当は当たり前ではないのに、当たり前に存在するその凄さを思い知る。
自然と共存する知恵やその工夫は昔からきっとあって、様々なチャレンジをきっと様々な人々はしてきた。でも、気づかないように、ひっそりと、実は身近なところにいっぱい遺物や遺産があるのだと思う。