世間の片隅でそっと叫んでみる。

一般人で無名の中高年のオヤジが、ブログという世間とネットの世界の片隅で、ADHD(多動性注意欠陥症)を抱えながら、政治や経済などを意見してみる。

キャンセルカルチャー。森前会長の失言問題に見えるマスコミの暴走に、ゴドウィンの法則みたいなマナーが必要では?冷静な議論で立場を表明する必要と寛容さ。自分にも言い聞かす。

 何でもかんでも権力者が悪いので、それを叩くことが正義。国民が望んでいること。そういう理解で、マスコミさんらは取材対象を自分の都合のいいコメントを取りたがり、表情とかも、さも困惑する様の映像を撮りたい。そんな動機でする会見や取材だから、マナーや人権もクソもない無法状態が、テレビの画像を通して伝わる。

 それだけでなく、編集権という小賢しい技を使い、都合の悪い部分はカットされる。それらを繰り返して、悪意ある報道をして、正義づらしてきたマスコミを信用しろと言われると、人の不幸で商売している程度の低さ、野次馬根性丸出しだし、品性の卑しさを感じるのは私だけなんだろうか?

 価値観がそれぞれあって、保守もあればリベラルもある。マスコミの報道の在り方は、保守には厳しく、リベラルには甘く、不祥事があれば、ファクトチェックという割には、切り取り編集、印象操作で、初めから犯人仕立てで報道する。もちろん悪いことをした人は罰せられるべきであるが、マスコミが決めるのでなく、事実を忠実に伝えるべきなのに、政治や政治家については、タガが外れている行為が多すぎる。

 ともかく、森発言は事実なんてどうでもよくて、「女性蔑視だ!」の叫びだけが伝わったが、肝心などういう文脈で言われたのか?まったく事実を伝えず、一方的に森会長を断罪するだけで、炎上に炎上を重ねただけで、記者やキャスターが怒りに任せてコメントやツィートして、まさにキャンセルカルチャーだった。

 私には、森さんの人格否定、神の国発言まで否定をどさくさに紛れてやっているしか見えない。確かに、極めて控えめな方々持ち上げていたし、言い方がまずい部分はいつもの森さんのキャラではと思うのであるが。

 女性のいる会議が長いというネガティブ表現は、悪意にとる解釈で女性蔑視に捻じ曲げ、捏造されていると、もし第三者が言ったらどうなんだと、そんな議論すら許さない不寛容な態度もおかしい風潮で、マスコミ全てがそれ一色に染まって、いつもサヨクの方々が危険だと指摘していた、太平洋戦争突入時と同じ空気になってどうすんのよ?

 で、ついでに、アベやめろ教信者の方々と、韓国や中国の反日熱狂的アベファンが、ヒットラーの絵を描いてデモしている様子に、ルールではなく、マナーをきちんと教えないといけないと思う。それに最近起こるキャンセルカルチャーが重なる。

 ゴドウィンの法則みたいな、議論の中で、言うに困って、「ヒットラー」という言葉が出たら、議論は終わり、その言葉を出した方を負けにするマナーみたいなことを提唱したい。議論で相手の否定的なことを言うなではない。行き過ぎてしまうことそれに一定の歯止めにするのはどうあんであろうか?特にマスコミのひどさは、ネット社会が進めば進むほど目に付く。

 ネットでマスコミを監視するという意味ではないが、正しいことは正しいし、間違っていることは間違っているだけで、その相互理解を議論で埋めていければ、その助けとして、大人のマナーを身に着けて、規制をかけるのでなく、自由に議論できる環境は大切だと思う。ただし、報道の行き過ぎにはブレーキをかけるそんな呼びかけ、声掛けみたいなものがあればいいなと思う。

 また、山田広報官の件で、マスコミはやらかしている。こんなことに、一切反省もないし、謝罪もない。極悪非道な連中が、スクープで狙われる犠牲者を出さないようにしたい。セクハラ、パワハラ、女性蔑視がマスコミこそ、一番取り組まないといけないのに、先頭に立って人を批判できるお前さんらは立場なのか?いつも疑問に感じている。